ア 事例

X株式会社は、長年に渡り、その所有する倉庫をY株式会社に賃貸していました。ある年の5月、X会社は、来年4月から、上記倉庫を自社で使用したいと考え、Yの代表取締役であるAに話をしたところ、承諾をしてくれ、「来年4月限り、Yが本件倉庫を明け渡す」内容の書類を作成しました。

ところが、12月になり、Aが突然死亡し、Bが代表取締役となった。それとともに、上記倉庫を明け渡さないと主張してきました。

X株式会社は、Y株式会社に対して、建物明渡訴訟を提起しました。ところが、Y株式会社は、X株式会社には、借地借家法28条の「正当の事由」がないと言って争ってきました。

イ 解説

(ア) 契約と法律の関係
契約は、当事者間の意思の合致により成立しますが(契約自由の原則)、どのような内容でも自由に決められるわけではありません。

法律、判例で禁止された内容を、契約の内容としても、効力をもちません。しかし、法律に書かれた内容に全て従わなければならないわけではありません。

(イ) 強行規定と任意規定
民法91条は、「法律行為の当事者が法令中の公の秩序に関しない規定と異なる意思を表示したときは、その意思に従う。」と定めています。

公の秩序に関しない規定を「任意規定(にんいきてい)」、公の秩序に関する規定を「強行規定(きょうこうきてい)」といいます。

民法91条は、任意規定と異なった内容の契約(契約は法律行為の一種です)でも有効であることを規定しています。この逆に、強行規定については、これと異なる内容の契約を締結しても、その効力が発生しないと定めているのです。

強行規定が含まれる法律として、わかりやすいものとしては、労働基準法、利息制限法等の法律があります。どちらも、労働者、(お金の)借り主が、使用者(雇用主)、(お金の)貸し主よりも、弱者であるとの前提のもと、いくつかの事項については、たとえ、使用者(雇用主)と労働者、お金の借り主が貸し主と契約をしたとしても、法律と異なる事項は効力を生じない(無効)という規定を置いています。

労働基準法は、労働時間・休憩時間・休日を定めています。そして、同法13条は、

「第13条  この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となった部分は、この法律で定める基準による。 」

と定めています。

労働基準法が定める労働時間・休憩時間・休日は、強行規定ということになります。

なお、任意規定と強行規定の区別については常に、このように法律で明記されているわけではなく、解釈で判断される場合もあります。後記の利息制限法はこの例です。

したがって、会社が就業規則で、1日8時間を超えて9時間・10時間の所定労働時間を定めたとしても労働基準法違反ですので、8時間に修正され、それを越えて働いた時間については、残業代が発生することになります。

また、利息制限法1条は、
「金銭を目的とする消費貸借における利息の契約は、その利息が次の各号に掲げる場合に応じ当該各号に定める利率により計算した金額を超えるときは、その超過部分について、無効とする。
1 元本の額が10万円未満の場合 年2割
2 元本の額が10万円以上100万円未満の場合 年1割8分
3 元本の額が100万円以上の場合 年1割5分」
と定めています。

したがって、100万円を年2割の利息で貸すという契約を締結したとしても、5分の利息分の契約は無効となります。

本件事例の関係で言えば、借地借家法第28条に、

「建物の賃貸人による第26条第1項の通知又は建物の賃貸借の解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。 」

と定められていることが問題となります。

同法は、借家契約については、第30条で、「この節の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものは、無効とする。」としています。したがって、前記の28条の規定は、強行規定ということになります。この規定は、大意、正当の事由がある場合でなければ、建物の賃借人は、その建物を明け渡す義務はありません。

そこで、例えば、アパートの賃貸借契約などで、20●●年●●月●●日までに、そのアパートを明け渡すと期限が決めてあっても、賃借人が賃料をきちんと支払っている場合は、仮にその期限が来ても、正当な事由がない限り、賃貸人は明け渡しを請求することはできません(正確には、明け渡しを通知することはできますが、相手方が明け渡さない場合、裁判を行っても、相手方を強制的に明け渡させることはできないということです)。

といっても、本件の場合は、「来年4月限り、Yが本件倉庫を明け渡す」内容の書類を作成しているではないかと思われるかもしれません。

しかし、この書類の内容は、結局は賃貸借契約と同じ内容なので、借地借家法の適用があると考えられます。

したがって、正当な事由がない限り、明け渡させることはできないということになりかねません(裁判の結果がどうなるかについては、具体的な記載内容・経緯等微妙な点もありますが)。

もっとも、この場合でも、明け渡しまでの賃料をとらないというようなことになっていれば、賃貸借でなく、民法上の使用貸借(無償で貸す契約)ということで、むしろ、明け渡させることができることになります。

(ウ) 結論
本件の場合、合意者等の書類を作成する場合は、賃貸借契約を合意解約しなければなりません。その上で、3ヶ月なら3ヶ月間、明け渡しを猶予するというように記載するのです。

その間、建物を貸している対価をもらってもいいですが、それは、法的には、賃料ではなく、賃料相当損害金、つまり、契約に基づかずに建物を使用させていることの対価という位置づけになります。

賃貸借契約は、もう解約しているのですから、借地借家法の適用を受けることはありません。

このような合意を締結していれば、前記のように裁判ということにはならなかったのです。

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